分子標的薬は標的分子を明確にするバイオマーカーなどで有効な患者層を明確化して申請の方向に
2012-08-23
(キーワード:分子標的薬、抗体医薬、バイオマーカー、個別化医療、治療選択検査)
多くの副作用死が問題となり、訴訟となっているイレッサ(ゲフィチニブ)について、現在では、EGFR遺伝子に変異の無い非小細胞肺癌(NSCLC)に対しては無効であることが明確になっており、適応はEGFR遺伝子に変異のある患者に限定している。(変異がある場合にも有効性が確立していないという指摘もなされている。)有効性が期待できない多数の肺癌患者に対して、夢の新薬として広範囲に使用されたことがイレッサ薬害の悲劇を生んだ原因のひとつとも考えられる。分子標的薬は、その標的分子が癌に特異的に存在するなどいくつかの条件がなければ有効性を示さない。有効性が期待できる患者層にしぼった薬剤の開発は分子標的薬の開発の必要条件である。スクリップ誌(2011年10月21日号)はこの系統の新薬について欧米の規制機関が、有効な患者層を明確にするバイオマーカーや診断薬とセットで承認する傾向が強まってきていることを伝えている。
英国で医薬品価格の規制を行っている医療技術評価機構(NICE)(※1、2)が、その医薬品から利益を受ける患者層を明確化していないと、国民医療サービス(NHS)での採用を拒否する例が多くなっている。 進行黒色細胞腫治療薬であるブリストルマイヤーズスクイブ(BMS)のYervoy(イピリブマブ)は有効な患者層が明確ではなく、既存の治療薬との比較もなく、しかも高価であるとし承認却下された。NICEはイピリブマブが進行黒色細胞腫の治療に著しい進歩をもたらす可能性は認めているものの、イピリブマブの使用で効果が期待できる患者の特徴や識別するためのバイオマーカーをBMSが提示しなかったためNHSでの使用に推薦しないと決めた。
対照的に、ロシュの転移性黒色細胞腫治療剤(BRAF抑制剤)Zelboraf(ベニラセニブ)は、V600EのBRAF蛋白変異を持つ患者のサブグループを識別するための治療選択検査であるcobas 4800 BRAF V600変異原性試験とセットで8月に米国で承認された。
製薬企業もバイオマーカーで有効性を期待できる患者層を明らかにして申請する方向へと向かいつつある。そして有効な患者層を明らかにする動きは新薬だけでなく既存薬についても広がっている。メルクセローノ社は、非小細胞性肺がんのEFGR標的薬セツキシマブ(アービタックス)について新たなバイオマーカーを用いて選別したより範囲を絞った患者での臨床試験を進めていることをアナウンスした。ロシュ社も転移性乳がん治療剤アバスチンについて、最も利益が期待される患者層を明らかにする研究を進めている。
今後、特に癌などの多因子性の条件においての革新的な薬剤の発見や承認は、ますます、バイオマーカーによる患者の識別に深く依存していくことになる。そして、新薬の非常に初期の段階からバイオマーカーが考慮されることが重要となっている。分子標的薬とそのバイオマーカーの同時開発はさらに活発になるであろう。教訓と今後の方向性は今や明確である。
FDAはアバスチンについて、高血圧や心臓発作などの副作用の恐れがある一方、明確な延命効果が確認できなかったとして乳がんへの承認を取り消した。(※3)アバスチンの乳がんへの適応は、FDAの迅速承認プログラムで2008年に承認されたが、市販後の臨床研究によるエビデンスの証明が求められていた。今回の決定はこの証明の過程で、血圧上昇、出血、心臓発作、心不全などの有害事象のリスクがベネフィットを上回る可能性があることが明らかになったためである。日本の厚生労働省・PMDAは、米国での承認取り消しが近い中で2011年9月乳がんにアバスチンを承認した。EUは承認しているが、NICEは使用を拒否している。FDAに激しく抵抗してきたロシュ社は今回の決定に従い、アバスチンからよりはっきりとした利益を得る患者を新たなバイオマーカーで選別し対象患者とする臨床試験を2012年から行うと表明した。この試験には3-5年かかるが、FDAのハンバーグ長官はロシュ社が高いVEGF-Aレベルを選別バイオマーカーとすることに対し、裏付けるエビデンスは少ないと皮肉な見方をしている。ハンバーグ長官は「難しい決定」であったと振り返りながらも、承認の継続は公衆衛生と迅速承認システムに合致しないと述べている。REMSの適用や適応の限定を予想する向きもあっただけに、非常にすっきりとした決定が注目される。(G.M)
※1、2 NICEの最近の動きについては、「関連資料・リンク等」欄の
2つの注目情報を参照