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「医師よ、企業とはそういうもの」

2008-06-20

(キーワード:医師と製薬企業、利益相反、臨床試験、アロマターゼ阻害剤、Royal College of Physicians)

 500年の歴史をもつ英国のRoyal College of Physicians(王立医科大学:RCP)が意見募集を行った(註1)。英国の産・官・学、すなわち製薬企業、国立ヘルスサービス(NHS)、医学コミュニティの三者が「ダイナミックで生産的な関係を築く」ために、大学がワーキンググループを発足させ昨年11月から「理想とする関係像」の意見募集を行った。その障碍となっているあらゆるもの除き、患者に安全で有効な薬を提供するため、としている。 
 BMJ誌(英国医学雑誌)はこの募集について2008年1月5日号の「NEWS」でとりあげ(※1)、また巻頭のEditor’s Choice(編集者論説)に「医師と製薬企業」と題して論説を掲載している(※2)。今回の注目情報はこの論説の要約である。この論説は、今回の意見募集に対して現状をどのように把握したらよいかを考えるヒントとして書かれ、製薬企業の資金が臨床試験のデザインから結果報告、また医師の処方行動にいたるまで左右していると言っている。
日本においても、今や産・官・学の連携がもてはやされている。薬害オンブズパースン会議では設立10周年を記念して、2008年6月8日、「官」である規制当局に対して大きな影響力をもつ組織、米(パブリック・シチズン)・欧(プレスクリール)からのゲストを招いて「歪められる医薬品評価 ー産官学連携への警鐘ー」と題したシンポジウムを開催し、英国の王立医科大学とは異なる視点で、「産官学連携への警鐘」をならした。
 以下に、BMJ誌の編集者論説を要約した。
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 まず第一に、臨床試験は圧倒的に企業の資金で行われているが、医学研究の誠実性を疑ってみるべきか? 
本号の論説(Editorial)の著者P.Bruzzi氏は、そのとおりだ、と答える(註2)。初期乳ガン治療薬アロマターゼ阻害剤は好例である。企業はできるかぎり早く新薬申請ができ、しかも制限なしの適応を得るための戦略ー非選択の大規模集団を用いて、早期の暫定分析を行うーをとる。企業とはそういうものである。しかし、この場合には、もっとも重要な問題がしばしば置き去りにされる。一旦、有効性があるとされれば、倫理的な制約から必要な情報を得るためのコントロール試験が行えなくなる。 真の効果と安全性の情報は得られずじまいになってしまい、そのまま使用され続けることになる。  
 P.Bruzzi氏は、医学研究者のコミュニティーが企業との協力という言葉を再考すべき時であろう、と言う。皮肉なことだが、“患者のために”開発された新薬は、実は、患者のニーズや優先順位を無視した企業戦略のせいでコストが急上昇し、保険システムは破綻の危機に瀕しているのである。

 第二には、処方者に及ぼす企業の影響とはどんなものか?
この点については書くべき事はあまり無いが、考えてみたいのは「違反しているのではないか」という意識が生じつつあることである。医療ジャーナリストのJ.Lenzen氏らは「医師が、製薬企業に依存していた罪ほろぼしのために“恥をさらして”行進」を書いている(※7)。ボストンの精神医学研究者であるD.Carlat氏は、先頃、自分が企業の資金で講演していたことを後悔するようになった心の変化をニューヨークタイムズ紙に書いた。彼は自分の講演のせいで過剰処方が行われていることについて、罰をうけるべきだと感じており、このことを講演するようになった。
 オピニオンリーダーが企業に雇われているのは、精神科領域にかぎったことではない。NEJM誌(ニューイングランド医学雑誌)は2002年に、過去12年間保持していた方針、即ち論説(Editorial)や総説(Review Article)を担当する場合は、企業との経済的なつながりがある者は除くという方針を転換した。こういった著者を十分に確保できなくなったのである。しかし、NEJM誌は今でも主要な医学雑誌のうちで最もきびしい編集方針を堅持していると言ってもよい。この方針の転換は、我々の世界での現実的な対応であると解釈することもできる。
 しかし、別の方向で見てみるならば、それは医学界文化の過ちを示すものであろう。企業の資金による臨床試験のデザインや結果報告にはバイアスがかかっているという証拠の多さ。企業に雇われているオピニオンリーダーは、スポンサー企業の薬を処方する回数が増えるという証拠の多さ。これらには、圧倒されてしまうほどである。さもなければ、なぜ企業が彼らを雇うのか? 
 我々は、もっと良い、しっかりしたシステムをつくらねばならない。精神医学分野の編集者であるG.Fava氏は、利益相反の宣言を強化させるとともに、企業から独立した立場を取り続ける人には、優先権を与えることを提案している。公的研究資金を優先して利用できることや、ガイドライン委員会や雑誌の編集権を優先して与えることなどである。(S)
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注1) 王立医科大学(RCP)のホームページで募集内容を見る事ができる(※4)。
RCPでは、ランセット誌編集者のR.Horton氏を委員長としたワーキンググループを2007年11月に発足させ、製薬企業代表とクローズトの会合を持っている(募集の締めきりは2008年3月31日)。アンケート形式の意見募集である。EU委員会は企業の要請によって2008年10月に、ヨーロッパでのDTCAを可能にする法案を提出する予定であるが(※5)、RCPのワーキンググループの発足はこの法案提出と呼応しているように思われ、産.官.学の一体化を押し進める一歩ともとれる。

注2)P.Bruzziの論説「企業の資金に依存しない臨床研究」(※6)は、不完全な情報しかえられなかったアロマターゼ阻害剤の臨床試験のカラクリを次のように指摘している。20000人以上の患者の参加で行われた臨床試験であるが、非選択の大規模集団で行われ、2.2-2.7年の追跡のみで暫定的な分析結果が報告された。この時用いた代理エンドポイントでは、有効性が示された。しかし、全体的な生存率ではコントロール(タモキシフェン)と比べ有意差は認められなかったにもかかわらず、この暫定的分析結果で臨床試験は早期中止となり、タモキシフェン投与のコントロールグループは、アロマターゼ阻害剤に切り替えられた。そのために、初期乳ガンは長い経過をたどる性質のものでアロマターゼ阻害剤の効果もかなりたってから明らかになるはずだが、アロマターゼ阻害剤の真の効果と安全性の情報は得られずじまいになってしまい、そのまま使用され続けている。