米国連邦控訴裁判所が「未承認薬へのアクセス権」を再審理で否定
2007-10-17
(キーワード: 未承認薬へのアクセス権、医薬品販売承認制度、コンパッショネート・ユース、アビゲイル・アライアンス、FDA)
医薬品は国民の健康と生命に直接関わるものであり、臨床試験を行い、その有効性・安全性を確認して販売承認されるシステムが確立されている。一方、がんなど命を脅かされる疾患にかかっていて他に治療薬がない患者は、臨床試験への参加ができない場合、未承認であっても自分の命を救うかもしれない開発中の新薬を試したいという要望を強く持つのも自然なことである。これに応え、欧米諸国では「例外的措置」として「コンパッショネート・ユース」(未承認薬の人道的供給)と呼ばれる制度を設け、実施してきた。
米国では、連邦規則集に「治験薬の治療使用」(21CFR312.34)の項目で未承認薬のコンパッショネート・ユースが規定され、第3相段階(新薬の開発段階で多数の患者で有効性・安全性を確認)の未承認薬が対象となるが、生命の危険が切迫している患者ではさらに第2相段階(少数の患者で有効性・安全性を確認)の未承認薬も利用可能としている。EUでは、基本的な法律(Regulation(EC)726/2004)に、コンパッショネート・ユースが規定され、代替する治療手段のない患者への未承認薬の人道的供給がすべての加盟国で可能であり、その供給が販売されるまで保証されることが明記されている。
日本においては、2007年7月厚生労働省の検討会が、国の承認を経ない未承認薬の使用について検討し、保健衛生上の観点から医師等以外のものによる個人輸入に制限を求めることとあわせ、「コンパッショネート・ユース制度」の導入を求める報告書をまとめたが、制度の具体化はまだこれからの段階である。
この「コンパッショネート・ユース制度」であるが、対応を誤れば患者の安全が危険にさらされ、また臨床試験の円滑な遂行を困難にしたり、承認制度を形骸化させかねないなどの問題点があり、慎重な検討が求められている。
最近、これに関連して米国で未承認薬へのアクセス権について、注目される判決があったので、経緯とともに紹介する。
米国では、市民団体アビゲイル・アライアンス(未承認薬へのより良いアクセスのためのアビゲイル同盟)とワシントン法律協会が、未承認薬へのアクセス拡大を求め、活発な活動を行っている。両団体が、第1相試験(医薬品開発の初期段階に行うごく少数のヒトで安全性に主眼を置いた臨床試験)を終了した未承認薬を、命を脅かされる疾患などの患者への販売を認めないのは合衆国憲法に定められた基本的人権を侵すものだとして提訴し、2006年5月連邦控訴裁判所がこれを認める判決を下したことで大きな社会問題ともなっていた。このほど(2007年8月7日)連邦控訴裁判所の再審理でこれを認めない判決が下された。
アビゲイル・アライアンスは、活発な女子学生であったアビゲイルが頭部と頚部のがんで命を失うのを助けようとした父親が2001年3月に創立した。医師からアビゲイルにはEFGR(上皮増殖因子受容体)の作用を抑制する抗がん剤の有効性が期待されると聞いた父親は、未承認薬であったセツキシマブ(アービタックス)とゲフィチニブ(イレッサ)を求めて奔走するがかなえられず、アビゲイルは2001年6月になくなった。
2003年6月、ワシントン法律協会とともにアビゲイル・アライアンスは、FDA(食品医薬品庁)に対し、従来の迅速承認、完全承認からなる医薬品販売承認制度に、命を救う医薬品に対する初期承認(Tier 1 initial approval)を加え、3段階(Tier1-3)の承認制度とし、必要な患者に供給できるようにするよう求める「市民請願(Citizen’s petition)」(※1)を行った。
請願ではその実現が難しいと知った両団体は、2003年7月、FDAを相手取り連邦裁判所に提訴した。訴状(※2)は、患者の命を救う可能性があると医師から推奨される未承認薬を患者が購入できないのは、「何人も正当な手続き(デュー・プロセス)によらずに生命、自由、財産を奪われない」とする合衆国憲法に定められた基本的人権の侵害としている。
この訴訟は、米国のコンパッショネート・ユース制度が、製薬企業の承認を患者への供給の不可欠の条件とするなどの制約のもとで十分機能していないことから、未承認薬へのアクセス拡大を求める患者・家族などから一定の支持を得ている反面、とりわけ早期の開発段階にある未承認薬についてその「販売」を求めたことは、医薬品の販売承認制度の枠組みとの関連で大きな反対を招いた。またアビゲイルの父親が求めた未承認薬の一つがその後ランダム化比較試験で有効性が得られなかったゲフィチニブ(イレッサ)であったことも、論議を呼んでいる。
2004年8月、連邦コロンビア特別区地方裁判所は、基本的人権の侵害にはあたらないとする判決を下した。両団体は上訴するとともに、議会に対するロビー活動を強め、2005年11月には上院にブラウンバック議員などにより、「アクセス法(ACCESS Act)」と呼ばれるTier1-3の3段階承認制度とし、初期承認(Tier1)を得た医薬品の販売をみとめる法律案(S1956、※3)も提出された。
2006年5月、連邦コロンビア特別区控訴裁判所は、2対1ではあるがワシントン法律協会とアビゲイル・アライアンスの主張を認める判決を下し、世界的な注目を集めた。FDAは連邦控訴裁判所に再審理を求めた。
FDAは一方で、2006年12月、未承認薬へのアクセスを拡大する提案ルールと製薬企業が未承認薬を患者に有償提供する際の条件や手続きを示した提案ルールを官報で示した(官報※4、FDAプレス発表※5)。
FDAの再審理要請に対し、連邦控訴裁判所は2007年3月1日、これを受諾した。そして2007年8月7日、10人の裁判官全員出席での大法廷審理による判決(En Banc decision)がくだされたが、8対2で基本的人権の侵害にはあたらないとの裁定で連邦地裁の判決を支持するものであった。
ワシントン法律協会とアビゲイル・アライアンスは、連邦最高裁判所への上訴を検討中と伝えられている(※6)。 (T)