行政に携わる科学者に求められる広範な役割
2017-09-21
[キーワード:臨床試験登録、研究計画書、プロトコル、情報公開、FDA、医学雑誌]
NEJM誌1990年11月8日号に、FDAのある科学者からNEJM誌編集部にあてた書簡(Correspondence)(※1)が掲載された。書簡の著者は、FDAでは多くの臨床試験計画書(プロトコル)の審査を行ってきたが、雑誌発表された臨床試験結果を読むと、計画書内容と異なっている点があることに気づくことがあると指摘し、とくに症例数や評価項目、統計学的検定方法など、研究デザインや解析方法という研究手法上の重要な点での変更が行われている場合には、統計解析手法の間違った使い方や、不適切な結果の提示につながっている可能性が大きいと問題提起している。そしてこのような、臨床試験結果論文の問題点を見出すためには、雑誌編集者によるプロトコルの確認は必須であり、臨床試験結果論文の投稿を受け付けるときには、その試験のプロトコルも一緒に提出することを推奨または要求したほうがよいのではないかと提案している。これに対するNEJM誌編集者からの返信では、研究者が試験結果論文において計画書段階との違いとその理由を明記し、それによって試験結果の質も評価されれば済む問題であるとして、雑誌編集者によるプロトコルのチェックには消極的な姿勢が示されていた。
しかし、その後の2004年9月には、医学雑誌編集者国際委員会 (ICMJE)とBMJ誌(※2)が、2005年7月1日 以降に開始する臨床試験については、ある条件を満たした試験登録機関にその試験情報(計画内容など)をあらかじめ登録しておくことを、結果論文掲載の必要条件とすることを表明した。これにより、事前に臨床試験登録を行っていない試験は、主要医学雑誌での論文発表ができないこととなった。さらに最近では、ランダム化試験(RCT)や臨床試験結果を投稿する際に、プロトコルを一緒に提出することを求める医学雑誌(BMJ誌、JAMA誌、Lancet誌など)も増えてきている。NEJM誌に対するFDAの科学者による提案が、約20年の歳月を経てようやく実現し始めている。
さて、BMJ誌2017年4月27日号には「行政に携わる科学者に求められる広範な役割」と題する、BMJ誌編集委員Peter Doshi氏と同編集長Fiona Godlee氏による論説(Editorial)(※3)が掲載された。上記に紹介したNEJM誌掲載の書簡が、FDAという行政の科学者から医学雑誌編集者への呼びかけとすると、本論説は、医学雑誌編集者から行政の科学者への提言と言えるだろう。以下紹介する。
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本論説においてDoshi、Godleeの両氏はまず始めに、上記のNEJMの書簡を引用しつつ、そこでの予言が現実となったかのようにその後、医薬品開発における臨床試験に関連した数々のスキャンダル(ロフェコキシブ、セレコキシブ、パロキセチン、オセルタミビルの事例)が引き起こされたとしている。そして、VIGOR trial(ロフェコキシブという消炎鎮痛剤の米国での承認根拠となった臨床試験。心筋梗塞などの有害事象が本剤使用で増加することが、FDAでの承認後に明らかとなった。そして、試験データでは危険性が把握されていたにも関わらず試験結果論文には、その危険性が適切に報告されなかったこと、またFDAでも危険性データを把握していたことなどが問題とされた。)やCLASS trial(セレコキシブという消炎鎮痛剤の臨床試験。6か月追跡データでは、消化管への有害作用が他剤よりも少ないことが利点として認められたが、12か月ではそのような安全性の利点はなかったことが、後に明らかとなった。)を取り上げ、医薬品の臨床試験結果については、FDAによる承認前の適切な評価が特に重要であると指摘している。つぎに両氏は、このように医薬品開発における臨床試験結果論文の問題点がこれまでたびたび指摘されてきたにも関わらず、FDAがこの問題に取り組んだと思われる事例は、これまでのところわずか3件しかない(抗痛風薬スルフィンピラゾン、抗うつ剤ビラゾドン、デュシェンヌ型筋ジストロフィー薬エテプリルセン、それぞれの承認時における臨床試験論文の評価において、FDAが問題点を指摘した。)として、行政の科学者は、医学論文の正確性担保のためにもっと役割をはたすべきだと指摘している。
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ここにご紹介したNEJM誌のCorrespondence(FDA行政官から医学雑誌編集者へ)とICMJEによる声明とその後の動き、またBMJ誌のEditorial(医学雑誌編集者からFDA行政官へ)いずれも、臨床試験の適切な実施と情報提供のためになされるべきことを指摘し、そのための方策を提起している点では共通している。しかし、臨床試験情報は開発企業だけのものではなく、試験に参加した患者のものでもあるという視点から、そのプロトコル、データ、解析結果までの全ての情報が一般に公開されるべきであるという指摘まではなされていない。公共財としての臨床試験情報という考え方が、もう一度強調されるべき時にきているのではないだろうか。
なおこの点に関しては、米国厚生省(DHHS)と米国国立衛生研究所(NIH)における昨年のある動きを最後にご紹介しておきたい。2016年9月16日、DHHSはFDAが規制する医薬品・生物学的製品等の臨床試験登録に関する最終規則を発表し、これを受けてNIHは同日、ClinicalTrials.gov(NIHが運営する臨床試験情報の登録・公開ウェブサイト)に登録・公開する臨床試験情報の範囲を拡大するとして、研究登録者には、(個人情報や営業上の秘密に該当する一部の削除は認められるものの)全てのプロトコルと統計解析計画書の提供を求めると公表した(※4)。これによりClinicalTrials.govに登録・公開される臨床試験では、これまで企業秘密として公開されることのなかった臨床試験プロトコルや統計解析計画書を誰でも入手可能となることとなった。このような情報公開の動きがさらに広まることを期待したい。(Y)
関連資料・リンク等
※1 Siegel JP. Editorial review of protocols for clinical trials. N Engl J Med 1990; 323(19): 1355.
※2 Abbasi K. Compulsory registration of clinical trials. BMJ. 2004; 329: 637-8.
※3 Doshi P, Godlee F. The wider role of regulatory scientists. BMJ 2017; 357, doi: 10.1136/bmj.j1991.
※4 National Institutes of Health. News Releases. HHS takes steps to provide more information about clinical trials to the public. https://www.nih.gov/news-events/news-releases/hhs-take-steps-provide-more-information-about-clinical-trials-public (accessed 28th June 2017)
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