新薬の迅速承認の危険性(オーストラリアン・プレスクライバー誌巻頭言)
2016-09-12
(キーワード:迅速承認制度 ロフェコキシブ,ダビガトラン,ポナチニブ)
1992年FDAのユーザーフィー(審査費用の製薬企業負担)法以後、新薬の迅速承認はグローバルな流れとなっているが、そのために患者の安全性が脅かされ、市販直後に市場から撤退する新薬の増加や、黒枠警告の増加が指摘され、注目情報でも紹介してきた ※1、※2)。
医薬品の承認に関して慎重なオーストラリアにおいても、2014年末にオーストラリア保健省医薬品行政局(TGA)が迅速承認制度の導入を提案し、3つの作業部会が設置された。Australian Prescriber誌は、2016年2月号の巻頭言にて、米国における過去の様々な事例をもとに、迅速承認がもたらす危険性を指摘しているので、紹介する(※3)。
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迅速承認制度は、小規模、短期間の限られた臨床試験で、代替エンドポイントである生物化学的指標に基づく評価による承認であり、薬が市場に出回る前に有害反応を検出する機会がほとんどない。
迅速承認制度を推進してきたカナダに関する分析(1998〜2013年)では、市販後に安全性警告を出すか、市場撤去に至った薬の比率は、通常承認薬が265品目中50品目(19%)に対し、迅速承認薬は、27品目中11品目(41%)であり、明らかに迅速承認薬の方が多かった。
オーストラリアの医薬品行政局も2014年末、世界標準に合わすとして迅速承認の取入れを提案したが、医師はその危険性を認識せねばならない。
過去の教訓は、ロフェコキシブ(商品名バイオックス) をはじめとして、ポナチニブ、ダビガトラン(商品名プラザキサ)など実例に事欠かない。
教訓事例の代表例である非ステロイド性消炎鎮痛剤(COX-2阻害薬)バイオックス(日本では開発中断*)は、FDAが迅速承認(1999年)後、数か月で心臓発作と脳卒中の併発事例が問題となった。回収されるまでに、139,000人以上が症状を発現し、その40%が死亡したと推定されている。
2012年FDAにより承認された慢性骨髄性白血病治療薬ポナチニブは、非遮蔽で、過去の他試験での症例を対照(historical control)とし、生存率やQOLの評価ではなく、遺伝子学的反応データで有効性を評価した、小規模・短期間の単独試験によって承認されたものであった。そして、ポナチニブは、3年間で半数近い患者に静脈血栓症等血管系への有害作用が現れた結果、米国市場から撤退した(その後、適応と黒枠警告の内容を改定し販売再開、日本では大塚製薬が2016年1月承認申請*)。
血液凝固阻止薬ダビガトラン(商品名プラザキサ)は、重篤な出血との関連性がありながら、企業は安全な使用方法に関する情報を提供せず、FDAは諮問委員会の大部分からの忠告を無視して迅速承認。承認用量1回150mgは一部の患者に過量であった。オーストラリアでは医薬品行政局が、腎障害者のような出血リスクのある患者に対しては1回量110mgを推奨し、これらの問題を回避した(2016年3月2日に当会議が意見書4)を提出*)。
FDAによる迅速承認後、深刻な問題を引き起こした医薬品は他にも多く存在する。迅速審査過程では、臨床試験が小規模、短期間という問題のみならず、実際の臨床症状ではない生物化学的指標を使用することも安全性評価に関して不十分である。有害事象を、適正な臨床試験で、十分時間をかけ、包括的に検討することは、少数の患者にとって有効な治療を一時的に遅らせるかもしれないが、より多くの人々の命を救うことにつながる。
医薬品の承認を迅速化するならば、オーストラリア医薬品行政局は薬の適切性と安全性において有害な役割を果たすことになるであろう。
*:筆者補足
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日本では、ドラッグ・ラグへの対応として、2009年、「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」等において、「新薬の上市までの期間を2.5年短縮する」目標をかかげ、審査体制強化、国際共同治験、事前評価相談制度導入などによる審査の迅速化をはかった。その結果、2011年における通常審査品目の行政側審査期間は、2007年〜2009年の平均期間11.6か月に比べ、6.1か月5)と、およそ半分に短縮され、今や欧州や米国の審査期間より短くなっている6)。さらに2015年から世界に先駆けて日本での開発が見込まれる医薬品や医療機器、再生医療等製品を迅速に承認するための「先駆け審査指定制度」がスタートした。承認期間の短縮化がもたらすリスクの大きさは肺がん治療薬イレッサが如実に示しており、新薬に対する厳しい監視が一層重要になっている。(N.M.)