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抗がん剤の販売承認は確固としたデータに基づかねばならないーアバスチンでの教訓

2012-12-28

(キーワード: 抗がん剤、臨床評価、販売承認、全生存期間延長、無増悪生存期間延長)

 患者に早く新薬を届けるためとして、抗がん剤販売承認の迅速化が図られている。しかし、重篤な疾患に期待される新薬は新規性の高いものだけに、販売承認の迅速化は安全面での危険性が大きい。プレスクリル・インターナショナル誌2012年6月号が、患者の真の利益のための抗がん剤臨床評価と販売承認のあり方について、乳がん治療剤ベバシズマブ(アバスチン®)に対する米国食品医薬品庁(FDA)と欧州医薬品庁(EMA)の際立った対処の違いを例として「大西洋の向かい側からの教訓」のタイトルで紹介している(※1)。
 プレスクリル・インターナショナル誌は、企業から独立した立場から各種の医薬品情報を評価し、その結果を普及する「医薬品独立情報誌国際協議会」(ISDB)加盟の雑誌である。フランス語のプレスクリル誌掲載記事から選別して英訳され、国際版として毎月発行されている。
 日本での抗がん剤の臨床評価・販売承認のあり方を考える上で非常に示唆に富む内容であるので、プレスクリル・インターナショナル誌の許可を得て全文を翻訳した。
なお、この記事は、プレスクリル誌2012年2月号(Rev Prescrire February 2012; 32 (340): 101-3/101-4)およびプレスクリル・インターナショナル誌2012年6月号(Prescrire International June 2012;21(128):204-205 )に掲載されている。

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大西洋の向こう側からの教訓
 <要旨> (訳注: プレスクリル・インターナショナル誌自身による要旨)
 米国では、ベバシズマブ(訳注: 商品名はアバスチン)は、パクリタキセルと併用することで転移性乳がんの治療剤として承認された。承認の根拠となったのは無増悪生存期間〔代替エンドポイント〕について有効性を示したという1件の臨床試験であった。乳がんに対するベバシズマブの適応は、新たなレビューの結果、全生存期間の延長はみられないことがわかり、2011年に取り消された。
 EUでは、ベバシズマブはパクリタキセルあるいはドセタキセルとの併用で承認されたが、ここでもその承認の根拠とされたのは無増悪生存の改善であった。同じエンドポイント(無増悪生存)を用いた臨床試験のレビューの結果、パクリタキセルとの併用の適応はそのまま維持されたが、ドセタキセルとの併用の適応は2011年に取り消された。さらに、ベバシズマブとカペシタビンの併用も、無増悪生存のデータに基づいて承認された。

 <本文>
 乳がんに対するベバシズマブの適応規制の経緯をみると、米国とEUの違いから、抗がん剤の評価に伴う問題点がよく描き出されている。
           
 [米国: はじめから承認には後ろ向きだったが、結局は取り消しに]
 米国の食品医薬品庁(FDA)は、細胞傷害性薬剤の承認にあたっては、通常、全生存期間の延長を示す同様な臨床試験が2つ存在することを要件としている。例外的には、良くデザインされた1件の臨床試験で全生存期間に有意な延長がみられれば、それでもよいとしている(1)。
 転移性乳がんに対するベバシズマブの最初の臨床評価がFDAに提出され、2007年12月5日諮問委員会で検討された時点で、評価の根拠として含まれていたのはE2100試験のデータだけであり、パクリタキセルとの併用であった(2)。諮問委員会では5対4の僅差で販売承認が薦められた。全生存期間での改善が立証されていないにかかわらず、何人かの専門家が無増悪生存期間の5.5カ月延長は臨床的に価値があるとみなしていた。この決定は無増悪生存を臨床試験のエンドポイントとして用いることの妥当性に関して激しい論争を引き起こした(3, 4)。2010年7月20日、同じ諮問委員会がAvado試験とRibbon-1試験の成績をレビューした結果、ベバシズマブを転移性乳がんに対する第一選択薬として使用することについて、今回は12対1の大差で承認が否決された。これらの試験では、全生存期間延長を示すデータが示されなかったからである。さらに、これらの試験ではE2100試験でみられたような無増悪生存期間延長はみられなかった。その結果、転移性乳がんへの適応は2011年に最終的に取り消されたのである。
 
 [無増悪生存を主要エンドポイントとして選択する根拠は乏しい]
 無増悪生存は代替エンドポイントである(2, 5)。エンドポイントとして無増悪生存を使用することに対して米国の論争で提起された主な批判は、プレスクリル誌が以前に述べたことを支持している(3-5)。
 無増悪生存は腫瘍による負荷の大きさを反映しているに過ぎない。無増悪生存は患者のQOL(生活の質)の改善を意味するものではない。患者のQOLは治療がもたらす害作用によって損なわれる可能性もある。例えばE2100試験においては21%の患者がベバシズマブの追加による重篤な害作用を経験している。
 無増悪生存はまた非常に感度の高いものではない。例えば通常の胸部X線写真では転移の可能性を除外できない。腫瘍サイズの測定は、別々の独立した評価者によってブラインドで行う必要がある。画像診断で測定できる腫瘍が見当たらない症例の評価は困難である。成績はまたいつ増悪が評価されたかの時期によっても違ってくる。また、途中で評価し損なったり、最初のベースライン評価が不完全であったり、異なる患者間での評価方法を予めきちんと計画していなかったりすると、評価にバイアスを生じる。
 
 [欧州: 疑問のある解釈による利益を得るのは患者でなく、製薬企業である]
 2012年初期の現時点で、欧州医薬品庁はこの画像診断に基づいて決定される無増悪生存期間の延長を薬剤の治療効果判定指標として、依然容認している。同庁は無増悪生存の改善と同時に全生存期間の延長が認められることを承認の要件として求めていない。治療群の全生存期間が対照群より劣りさえしなければ良しとしているのだが、これでは長期的にみると有害な影響が示唆される (6)。
 米国と同様に、EUでも1件の臨床試験(E2100)成績をもとにパクリタキセルと併用することでベバシズマブの最初の販売承認をした。その後2009年には、Avado試験の成績に基づいてドセタキセルとの併用を含む適応拡大がされた(7, 8)。
 欧州医薬品庁は、2011年2月にはE2100、Avado、Ribbon-1の3つの試験全体のデータセットをレビューした。ベバシズマブとパクリタキセルとの併用に関しては、Ribbon-1試験のサブグループ解析で、ベバシズマブ・パクリタキセル併用群のほうが、無増悪生存期間が3.1カ月長かったが、統計的有意差は認められなかった。欧州医薬品庁の専門家は統計的有意差がなかったのはサブグループの症例数が小さいからであり、Ribbon-1試験の成績はE2100の成績を追認するものとみなした。そしてこれらの試験における全生存期間の分析ではベバシズマブ追加による有害な影響は示されていないとして、この併用療法の適応承認をそのまま継続するよう推奨した。ドセタキセルとの併用について専門家たちは、最初のAvado試験ではベバシズマブ追加による無増悪生存期間延長はより短く(1.9カ月)、Ribbon-1試験では0.8カ月に過ぎないと考えた。さらに全生存期間に関しては、統計的に有意ではないものの、ベバシズマブ追加による有害な影響が増大する傾向が示されていると考えた。その結果、専門家たちはベバシズマブ・ドセタキセル併用の適応を取り消すことを推奨した。
 
 [欧州において別の妥協がなされた]
 2011年4月14日に、欧州医薬品庁はベバシズマブの適応をカペシタビンとの併用に拡大することを推奨した。一次選択治療ではRibbon-1試験の成績が、二次選択治療ではRibbon-2試験とAVF2119g試験での成績がその根拠とされた。これらの試験ではカペシタビンにベバシズマブを追加すると、無増悪生存期間はそれぞれ、2.9か月(統計的に有意)、2.8か月(統計的に有意でない)、0.7か月(統計的に有意でない)延長がみられた(9)。しかし、いずれにおいても全生存期間は延長しなかった。
 しかしながら、より有益性が小さい結果から、ベバシズマブのカペシタビンとの併用はタキサンまたはアントラサイクリン療法を受けられない患者とそれらの薬剤を1年以上にわたって補助化学療法として受けている患者だけに適応は制限された。
 
 [細胞障害性薬剤の販売承認は頑健なデータに基づかねばならない]
 大西洋をはさむ欧州・米国双方で、乳がんに対するベバシズマブの販売承認をめぐる経緯から、代替エンドポイントを用いたただ1件だけの臨床試験を根拠に拙速な販売承認をすることは賢明でないことが分かる。2つの臨床試験で同じような結果が得られることが最低必要条件である。3つの臨床試験と頑健なエンドポイントである全生存期間に基づいて、FDAの専門家たちは乳がんに対するベバシズマブの使用をきっぱりと否定したのである。対照的に欧州医薬品庁の専門家たちはあいまいな代替エンドポイントを受け入れ、「臨床的に妥当」とみなすためには、無増悪生存期間の延長はどの程度とすべきだろうかなどという些末な議論に陥ったのである。彼らはさらにまた、“統計的有意”の議論に「傾向」を持ち込むことで状況を混乱させてしまった。その結果患者たちは、治療がどんな利益をもたらすのか分からない一方で、充分に立証済みの有害作用に悩まされる不合理に直面させられているのである。
 あいまいさのないエンドポイントで評価された少なくとも2件以上の頑健な臨床試験の存在が、患者の利益に明確にかなう決定を行うために必要である。
(T&B)
                                  
[プレスクリルが文献検索の結果選んだ文献]
1- U.S. Food and Drug Administration - Center for Drug Evaluation and Research “Summary Minutes of the Oncologic Drugs Advisory Committee” 9 May 2007: 7 pages.
2- U.S. Food and Drug Administration - Center for Drug Evaluation and Research “Memorandum to the file BLA 125085 Avastin (bevacizumab)” 15 December 2010: 9 pages.
3- Lenzer J “FDA committee votes to withdraw bevacizumab for breast cancer” BMJ 2011; 343: d 4244 (2 pages).
4- D’Agostino RB “Changing end points in breastcancer drug approval. The Avastin story”. nejm.org accessed 10 July 2011: e5 (3 pages).
5- Prescrire Editorial Staff “Effects of cancer drugs on survival: often poorly evaluated” Prescrire Int 2009; 18 (102): 180-183.
6- European Medicines Agency - CHMP “Assessment report for Avastin” EMEA/H/C/582/A-201038: 27 pages. Posted on the EMA website 28 February 2011.
7- Prescrire Editorial Staff “Bevacizumab. Metastatic breast cancer: many adverse effects” Prescrire Int 2008; 17 (98): 236.
8- Prescrire Rédaction “bévacizumab et cancer du sein métastasé, suite (Avastin°). Ne pas alourdir inutilement le traitement” Rev Prescrire 2010; 30(317): 176.
9- European Medicines Agency - CHMP “Assessment report for Avastin (bevacizumab)”EMEA/H/C/582/II/0033: 55 pages. Posted on the EMA website 19 May 2011.Downloaded from english.prescrire.org on 12/26/2012
                                
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 日本では、米国でFDA諮問委員会がベバシズマブの乳がんの適応の取り消しを2011年7月に推奨したことが伝えられる中で、2011年9月ベバシズマブ(アバスチン®)の乳がんへの適応拡大が新たに承認された。
 このアバスチンの乳がんへの適応拡大承認への、日本・米国・欧州各医薬品規制庁の対処は、肺がん治療剤イレッサの場合も全く同じである。米国FDAは、イレッサを市販後に生存期間延長の有効性・有用性を実証することを条件に迅速承認したが、アストラゼネカ社がこれに失敗したため、2005年に新たな患者へのイレッサ投与を禁じ、2010年8月にはアストラゼネカ社に市場撤去を求めた。2012年4月25日にFDAは官報でイレッサの承認取り消しを公告している(※2)。イレッサは多くの比較臨床試験を行ったが、全生存期間延長を実証した成績は国際的に1つもない。しかし、欧州と日本の医薬品庁は無増悪生存での延長がみられるとしてイレッサの販売を認めている。
                         (T)
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