EUではICH-GCPが大学等の臨床試験を駆逐している?
2010-03-23
(キーワード:EU臨床試験指令、イギリス臨床試験規則、ICH-GCP)
EU臨床試験指令(European Directive 2001/20/EC)の導入後、ヨーロッパ各国ではあらゆる臨床試験はGCP(「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」)に準拠して行われるようになっている(※1)。これらの改革は被験者保護という観点から評価される一方で、大学等の研究者にとっては研究を阻害し、医療の発展を損なうものとも受け取られている。以下、この点についてイギリスの実情に即して現行の臨床試験規則を批判的に捉えている、PLoS Medicine誌2009年12月号の論説「臨床試験規則がもたらす意図せざる結果」(※2)の要旨を紹介する。
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現在、世界のいたるところで臨床試験の規制手続きが膨大なものとなり、大学等における臨床研究の進展が阻害されている。われわれはここでEU規制、およびGCPに関するイギリス国内法へのそれの導入を例にとって、この問題を明らかにしてみたい。
GCPは、製薬企業が政府機関から新薬の承認を得るために行う臨床試験の基準として発展してきたものであり、具体的には国際的な基準であるICH-GCPに従うことを意味している(※3)。GCPの本来の目的は被験者を保護し、臨床研究の質を維持することにあるが、ICH-GCPはデータ・マネジメントや試験の報告などに関して極端に詳細な手続きを定めており、この点で臨床研究の進展を阻害しかねない。しかし近年では不幸なことに、ICH-GCPがヨーロッパ中のあらゆる臨床試験を規制するようになってきている。
EU各国では、2004年5月1日までにEU臨床試験指令(以下「指令」)を国内法化する必要があり、イギリスでも法改正が行われた。2005年のEUによるGCP指令(European Directive 2005 /28/EC)は、GCPに関するより詳細なガイドラインを提示し、そこではICH-GCPが考慮されるべきと記された。このGCP指令を受けてイギリスでは2度医療法(Medical Acts)が修正されたが、最終的にイギリス医薬品庁(MHRA)は、少なくとも国内ではICH-GCPには法的拘束力はない、という見解を提示した。しかしそれにもかかわらず、結果としてイギリスの臨床試験センターはますますICH-GCP遵守の方向に傾いている。
MHRAは指令の導入が大学等の臨床試験に与える問題について認識していたが、それを止めるだけの力は持っていなかった。次第に官僚的な手続きが増大していった結果、EUでは患者のケアに対する損害さえ生じている。実際、同意の問題から救急医療における臨床試験の実施が困難となり、イギリスでは2006年の法改正までこの問題が解決しなかった。ある試算によれば、2004年以降、ヨーロッパの臨床試験の数は30~50%まで落ち込み、大学等の臨床試験の割合は40%から14%へと減少している。その結果、ヨーロッパの臨床試験センターはもはや回復できないほどの損害を受けている。
大学等が行う医薬品の臨床試験と製薬企業の行う臨床試験とは共通点もあるが、その主要な目的は異なる。前者は専ら患者へのケアの改善のために行われるが、後者は新薬開発を目的としている。どちらの試験においてもGCPは重要だが、多国間での新薬開発のために作られたICH-GCPの煩雑な手続きは、大学等での臨床試験にはほとんど関係が無い。結局のところ、指令の導入によって、多くの研究施設や研究者がこうした臨床試験の実施から手を引くようになってきている。
MHRAによれば、臨床試験規制のうち、法的に拘束力のある部分は、適切なスタッフ、質を担保するための手続き、データの正確性、患者の秘密保持、患者の同意の文書化、のみである。これらは質の高い臨床試験を行う際には常識となっていることであり、ICH-GCPの要求する煩雑な手続きとは程遠い。そもそも、ICH-GCPの定める手続きは膨大なコストを要求するが、それらの費用対効果は検証されていないうえ、それが被験者のケアを改善してきたというエビデンスも存在しない。
公的資金によって支援されている研究者は、研究を実施する際に従うべき最低限の法規制を遵守すれば良く、ICH-GCPの煩雑な手続きに縛られる必要はない。われわれは、特に既に承認されている医薬品に係る臨床試験については、まったく別のGCPが定められることを望む。
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本論説は、煩雑な手続きを要求する臨床試験規制が導入された結果、ヨーロッパでは、大学等における臨床試験の進展が阻害されていると指摘しているが、日本においては、そもそも新薬の承認申請に関わる臨床試験(「治験」)のみが薬事法に基づくGCPによって規制されており、それ以外の臨床試験は、主に行政指針である「臨床研究に関する倫理指針(※4)」によって規制されているにすぎない。
このような日本の現状に関しては、臨床試験における被験者保護を確かなものとするために、治験のみならず大学等における臨床試験についても法的規制を行うべきであるとする批判があり、当会議もこうした見解を表明している(※5)。
ただし、法的規制の内容については、大学等における臨床試験・臨床研究の必要性・実施可能性などを考慮したうえでの適切な規制となるよう、十分検討することが求められる。どのような内容の規制が望ましいのかを考えるためにも、引き続きヨーロッパの動向に注目したい。 (た)