モノクロナール抗体TGN1412の「ヒトでの初めての試験」で全員が多臓器不全
2006-04-10
(キーワード: ヒトでの初めての試験、TGN1412、抗体医薬、多臓器不全)
米国や日本でヒトでの初めての試験を急ぐ動きを紹介したが(※1)、そうした動きへの警鐘とも言えるヒトでの初めての試験での極めて重大な事故が、英国で発生した。昨年3月にEMEA(欧州医薬品庁)からオーファンドラッグ(稀少薬)の指定を受けるなど、がん、関節リウマチの治療薬として期待されていたモノクロナール抗体TGN1412が、英国で行われた「ヒトでのはじめての試験」で、被験者の6人全員が多臓器不全のためにICU(集中治療室)に入院、うち2人が重体、病院が生き地獄の様相を呈するという極めて重大なことが英国で起こり、2006年3月15日BBC放送(※2)をはじめ英国のマスコミが大きくとりあげた。なお同時にプラセボ(偽薬)が投与された2人では全くそういうことはなかった。
ランセット誌2006年3月25日号、BMJ誌2006年3月15日号が論説で、ネーチャー誌2006年3月23日号がニュース欄で、この事件をとりあげている。ランセット誌は、この試験は英国医薬品規制庁(MHRA)により実施を承認されているが、ランセット誌がプロトコールの閲覧を求めたところ、MHRAも企業(TeGenero)も企業秘密を口実にそれを拒んだことを述べ、このような重大な事故を起こしながら企業秘密を盾に、第3者の吟味を拒むことは許されないと批判している。また、企業は動物実験で副作用を示さない用量の500分の1以下の用量を被験者たちに投与したとしているが、前臨床試験はウサギと20匹のサルで行われ、サルでは2匹がリンパ節サイズの一過性の増加を示していたことを指摘している。BMJ誌は、今回の被験者たちの反応がサイトカイン・ストーム(炎症を引き起こすサイトカインが急激に発生し、多臓器不全に至る現象)によるとの推察を述べ、医学研究の情報公開があればこのような事故の防止につながると指摘している。ネーチャー誌は、この悲劇的な事件の勃発で、臨床試験に対する規制を強化し、臨床試験の大多数を実施する民間製薬企業の監視を強化する動きが始まっていることを伝えている。
なお、今回の事件は、医薬品開発の最先端で生じた事件であるため、その内容の理解に一定の困難が予想されるが、TIP(正しい治療と薬の情報)誌2006年3月号(※3)、薬のチェック速報版(※4)に、日本語での詳しい解説がされているので。適宜ご参照いただきたい。
今回の治験薬は合成化学物質でなく生物学的製剤であるが、抗体医薬は抗がん剤などの新薬として各社が注目しており、今後このような新薬候補物質の一層の増加が予想される。今回引用した各誌が情報公開の重要性を強調しているが、事故原因の徹底的な解明が必要である。
(T)