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ヒト試験の早期開始と被験者保護の両立は可能なのか

2006-04-10

これまで新薬候補化学物質のヒトでの試験の開始には、これに先立って多くの動物試験データが要求されていた。しかしそれでは効率が悪いのでないかと、今までより少量の新薬候補化学物質や生物製剤をヒトに投与することで効率化を図る方向が打ち出されている。探索的ヒト動態試験、マイクロドーズ試験、フェーズ0、プレフェーズ1探索試験、スクリーニングIND(治験薬)試験などさまざまな名前で呼ばれるのがそれである。

 米国では、FDAは、この「フェーズ0試験」の指針を策定、「ごく少数」の健康なボランティアに「ごく少量」(動物実験で薬理学的効果が見られた用量から換算した用量の100分の1以下)の新薬候補化学物質や生物製剤を「短期間」(というが最大投与期間は7日まで可能)投与して、薬剤の生体反応(ファーマコキネティックス)を見られるようにする。代謝の様子や、成分が腫瘍に届くかどうかなどである。あわせて治験薬製造に必要なGMP(医薬品製造基準)の条件を緩め、簡便にする柔軟な方針が提案された。製薬企業はこれに熱い期待をよせている。

 日本では、日本薬物動態学会が探索的ヒト動態試験(マイクロドーズ試験)の実施を要望するとともに、医薬品開発支援機構が設立され、中央倫理審査委員会と放射線内部被爆評価委員会を設置、探索的ヒト動態試験(マイクロドーズ試験)やこれまで日本では行われなかった放射性標識化学物質を用いたヒトでの薬物動態試験の、国内実施に向けての活動が始められている(※1)。日本は、被験者保護法もなく、臨床研究の基盤的な法改正も行われていない遅れた現状にあり、そうした中での上記の動きについては、科学・倫理・規制の各面から注視が必要である。

 この問題については、ネーチャー・メディスン2006年2月号が「ヒトでの医薬品の早期試験は安全でない可能性がある、批判者が警告」の記事を掲載、米国医師会のJAMA2006年3月1日号も「被験者保護をしながら医薬品承認のスピードをあげることをめざすガイドライン」の記事を掲載している。

 ネーチャー・メディスン誌は、これまで実験室および動物実験で安全かつ有効と判断された医薬品候補物質の10のうち9つが、臨床試験段階で落伍している現実を打開するための手段として全体的には肯定的な意見が多いが、みながそうではないとして、医薬品監視団体パブリック・シティズンのシドニー・ウルフ医師の「ヒト試験にはいる前のチェック項目を少なくすれば、ヒトに用いた時の危険性が増える」の言葉などをあげ、FDAが消費者に迷惑をかけて企業を保護しようとしているとの批判を紹介している。JAMA誌も、シドニー・ウルフ医師の他、チャールス・グラスリー上院議員の「FDAが製薬企業をけん制する手綱を緩めるもとで、被験者が保護され、倫理的に取り扱われるかどうか疑問がある」との批判を紹介している。

 折りしも3月13日、英国で治験物質TGN1412の「ヒトでの初めての試験」で極めて深刻な事件が発生したことが伝えられており(次項、※2)、規制を緩めることに対する格別の警鐘ともなっている。
                             (T)