No.64 (2020-08-01)
● 問題の背景
生活習慣病のように患者数が多い慢性疾患では、学会などが作成する疾患ガイドラインの内容は、薬物治療の対象となる患者数=薬の売り上げに大きく影響し、背後には作成担当者と製薬企業との経済的関係(利益相反)がちらつく。この構造はその後どんどん明白となっていくのだが、当会議が意識的に取り組んだ初期のケースとして、コレステロール低下剤は印象に残る。
● ガイドラインの問題点
2002年7月に日本動脈硬化学会が発表した「動脈硬化性疾患ガイドライン2002年版」は、総コレステロール(TC)値の上昇とともに冠動脈疾患のリスクが上昇することが疫学研究で明らかとなっているとして、TC220㎎/dL以上を高コレステロール血症とし、脂質管理目標値をTC240㎎/dLとしていた。さらに、冠動脈疾患の既往歴がなくても、冠危険因子が1~2あれば管理目標値は220㎎/dL、3以上あれば200㎎/dLとされ、しかも冠危険因子として男性45歳以上、女性55歳以上、高血圧等が設定されていたため、中高年男性や高血圧症を持つ多くの中高年女性の管理目標値は実質的にTC220㎎/dLとなっていた。
しかし、日本における疫学研究データでは、TC値上昇にともなって総死亡率やがん死亡率は低下することが示されており、総死亡率が最も低くなるTC値は220~260㎎/dLであると推定された。こうした総死亡・がん死亡との関係や、欧米人に比べ日本人では冠動脈疾患の発症率が低いことなどを考えると、日本人においてTC値を下げる必要性は低いと考えられる。
● 学会の不誠実な対応
当会議は、2004年6月に日本動脈硬化学会に対して公開質問書を送付し、上記の診断基準・脂質管理目標値の設定根拠となるデータや、ガイドラインの具体的な作成プロセス(エビデンス(研究論文)の検索方法とその選択・評価の基準、作成メンバーの利益相反情報等)を明らかにするよう求めた。
しかし日本動脈硬化学会は、回答書において、「ひとつひとつのご質問にお答えするよりも、コレステロールという一栄養素の基本概念をご説明することでコレステロールに対する誤解を解きたい」として、質問に対する直接の回答をしなかった。また、がん死亡率との関係については、コレステロールが低いためにがんになったのではなく、がんになった結果コレステロールが下がったものと説明しているが、多くの疫学研究では既にがんがあるために低コレステロールになった人のデータは除いて分析されていることなどから、根拠に乏しいと考えられた。
そこで、「がんになったから下がった」論の具体的な根拠や、先の公開質問書の質問に対する回答などを求める再質問を2004年10月に送付したが、翌2005年7月になって送付された回答にも、質問に対する直接の回答はなかった。
● その後の「大論争」
その後、日本脂質栄養学会が、「総死亡率が最も重要なエンドポイントである」という立場から、当会議の主張に近い内容の「長寿のためのコレステロールガイドライン」を2010年に発表。この主張は一般メディアにも取り上げられるなどして社会的関心を集め、『コレステロール大論争』と呼ばれる論争に発展している。