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 新型コロナウイルス感染症の治療薬として治験が進められているアビガン(一 般名ファビピラビル)をめぐっては、〝有名人が飲んで治った〟〝海外からも注目される国産薬〟などさまざまな報道が国民の過度の期待をあおっています。そして国は「非常時だから」という理由で、新薬の承認のために必要な手続きを省略してもよいという〝前のめり〟の姿勢を示しています。

 薬害オンブズパースン会議では、そうした世の中の流れに警鐘を鳴らし、こういう時こそしっかりと薬の有効性と安全性を検証すべきであるとして、2020年5月と7月、相次いで意見書を公表しました。

 まず5月1日の最初の意見書では、アビガンに対して「抗インフルエンザ薬として承認されている薬なので安心」「有効性も安全性もよくわかっている」という誤解が広がっていることについて注意喚起しました。

 具体的には①この薬は抗インフルエンザ薬としての承認申請の際の臨床試験で季節性インフルエンザに対する堅固な有効性を示せず、タミフルに対しても、非劣性(有効性が劣っていないという成績)を示せなかったこと。その一方で②動物実験で催奇形性という重大な副作用の危険が判明していること。そのため③すべての抗インフルエンザ薬が無効な新型インフルエンザが流行した場合にのみ、一 般への流通が認められるという特殊な条件付きで承認された薬であることを指摘しました。

 この薬は対象者が限定された臨床試験でしか患者に投与されたことがないため、新型コロナウイルス感染症治療薬として承認され多くの患者に使われた場合、予期しない重大な副作用が起きる恐れがあります。厚生労働省に対しては、拙速に承認することのないよう釘をさしました。

 そんな中、5月下旬に藤田医科大学が、アビガンを投与された2000人余の新型コロナウイルス感染症患者についての「観察研究」の中間報告を公表しました。

 多くの報道機関はこれを「軽症者の88%が改善」「新たな副作用は見つからず」と好意的に報道しましたが、それは一面的な見方にすぎません。

 当会議で精査したところ、アビガンを投与された患者のうち約1か月後までの転帰が判明している1918人のうち、11・6%にあたる223人が死亡していることがわかりました。特に入院はしているが酸素投与を必要としていない患者=軽症者については、830人のうち5.1%にあたる42人も亡くなっていました。いかに新型コロナウイルス感染症が怖い病気だといっても、軽症者のこの致死率は高すぎるのではないかと思われます。

 全体の致死率11・6%も、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症(Covid–19)診療の手引き」第2.1版に掲載された全国集計の致死率1.6%や、中国疾病対策予防センター(China CDC)が公表している患者の致死率2.3%と比べても、かなり高い数値です。

 何よりも私たちが問題だと考えるのは、この「観察研究」のしくみでは、アビガン投与後に亡くなった患者がこのように多数いても、死亡と投薬の因果関係について詳細な調査は行われず、その数だけが集計されていくということになりかねないということです。というのもアビガンを飲むかどうかは、それぞれの医療機関と患者との話し合いで決まったことで、そのデータを集計するだけの「観察研究」事務局は、その結果に関与しないという立場だからです。

 そこで当会議では7月2日、改めて「観察研究」中間報告における死亡者を踏まえた意見書を公表しました。

 意見書では、一般に流通が認められていないアビガンが、この「観察研究」に参加すると無償で提供されるというしくみになっているため、それを求めて多くの患者が研究に参加しているという現状から、「観察研究」への患者の登録を一 旦中止し、それにともなうアビガンの供給を停止するよう求めました。

 その上で、死亡例223人について、投薬との関連性を精査し公表すること、特に軽症で亡くなった42人については、精査の結果を待つことなく臨床経過をすぐに明らかにすることも求めました。

 アビガンは新型コロナウイルス感染症に対しては未承認の薬です。そうした未承認薬を使った臨床試験は、薬機法に基づく企業治験か、臨床研究法の規制を受ける特定臨床研究で行われるべきもので、本来ならそうした法律で求められている厳密な倫理審査や安全管理のもとでしか行ってはいけない研究なのです。

 ところがその規制をすり抜けるような「観察研究」が堂々と行われ、共同通信の報道によれば6月半ばまでにすでに4000人以上が投与を受けているとされています。

 しかも安倍首相が会見で繰り返し「アビガンの早期承認の方針」を強調していることに忖度したのか、厚生労働省は5月12日、新型コロナウイルス感染症治療薬の承認審査に関しては、企業治験の結果の提出を待たずに、公的な研究事業により実施される研究の成果だけでも承認することがあり得るという異例の課長通知を出しています。

 当会議では、このような国の対応は、承認制度の根幹を危うくするのみならず、医療現場に混乱をもたらし結果的に国民の利益にも反するとして、厳密なランダム化比較臨床試験の結果による有効性の証明、及び危険性とのバランスの適切な評価をすることなしにアビガンを承認するべきではないと強く警告しています。

 ぜひ2つの意見書をお読みいただければと思います。

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