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 薬害スモンをはじめさまざまな医療被害・副作用事件にかかわり、薬の安全性・有効性に対して常に厳しい評価を追求してこられた臨床薬理学者、アンドルー・ヘルクスハイマー先生が2016年2月21日に亡くなられました。一昨年は88歳というご高齢でしたが、奥様と一緒に来日され、「ひとは言葉を求める:数値や計測では充たされないもの」「患者不在の医薬品監視」というタイトルで素晴らしい二つの講演をして頂きました。

 先生がベルリンでお生まれになったのは1925年11月4日、間もなくドイツに狂気の時代が訪れようとしていた時期でした。父親はユダヤ人の医師でしたから、ヒットラーが政権をとり、ナチスによる迫害が始まると難を逃れるため、一家はイギリスへ渡ります。やがて父親と同じ医学の道を志すことになり、卒業後は臨床医としての経験を積んだのちロンドンの医科大学病院で治療学を指導する講師となります。教育・研究に携わる中で、製薬会社の宣伝活動に左右されない医薬品情報の必要性を痛感し、Drug & Therapeutics Bulletinというインデペンデントな医薬品情報誌を創刊し、その初代編集長を30年間務めます。さらに、EBM(科学的根拠に基づく医療)の基本ツールとして世界中で使われているコクラン・ライブラリの作成がオックスフォードで始まると、その活動にも加わります。そして、その人生を締めくくる最後の仕事がDIPEx(Database of Individual Patient Experiences )でした。患者の疾病体験の「語り」を収集・分析し、それをネット上に公開するという活動です。先生がその生涯をかけて追求されたのは、科学的根拠に基づく医療と全てを患者の視点から問い直すという姿勢でした。ご冥福をお祈りするとともに、私たちもまた、先生が遺された教えを引き継いで行きたいと思います。

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