No.45 (2014-03-01)
「うつは辛いものです。でもあなたが苦しむ必要はありません。」
優しく語りかけるこの言葉、皆さんもどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。日本イーライリリー社と塩野義製薬が、2013年10月から行っているうつ病のテレビCMで使われている言葉です。
両社は、「うつ病の痛み」をキャッチフレーズとして、昨年10月からテレビ、新聞、ポスター、webサイト等でキャンペーンを行い、「あまり知られていませんが、うつ病は、頭や肩の痛みも表れます」「まずはお近くの専門医を探してください」と呼びかけています。しかし、先日(2014年2月1日)、このキャンペーンに対して医師や患者から抗議があり、CMの内容が一部変更されることになったことが報じられました。抗議の理由は、体の痛みがうつ病の主症状のように伝えているが、そのような科学的根拠は存在せず、また、そのような国際的な診断基準もないとのこと。
なぜ日本イーライリリー社と塩野義製薬は、科学的根拠のない際どいキャンペーンを行ったのでしょうか。両社は、2010年にセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)と呼ばれる抗うつ薬サインバルタを共同で販売しました。このサインバルタ、2012年には、抗うつ薬としてだけでなく、糖尿病に伴う「痛み治療薬」としても承認されることになりました。2010年の薬事日報によると、サインバルタの売上目標は、初年度が34億8000万円、ピーク時の5年後が244億円ととにかく巨額。うつ病の痛みキャンペーンの目的は、「抗うつ薬」でもあり「痛み治療薬」でもあるサインバルタの販売促進戦略ではないのでしょうか。
SNRIは従来から自殺のリスクを高めることが問題視されており、サインバルタの添付文書にも「24歳以下の患者で、自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告がある」と明記されていて、投与には慎重な判断が必要です。今回CMの内容が一部変更になったと言っても、「痛みが現れることもあります」と若干表現が弱められたに過ぎません。原因不明の頭痛など、誰にでも起こり得ます。また、誰だって疲れて元気が出ない時もあります。うつ病の痛みキャンペーンは、頭痛があって気分が落ち込んでいる人をうつ病患者にし、自殺のリスクを高めると言われているSNRIを服用させ、その依存性から離れられなくする可能性があります。
一般消費者に対する医薬品の広告は行政指導によって制限されていますが、本件のような受診推奨広告や疾病啓発型広告は、商品名の明示という要件が欠けるために規制対象となっていません。当会議は、2011年から、本件のような受診勧奨広告や疾病啓発広告が患者の自己決定権を侵害するとして、規制拡大を求めてきました。
製薬企業が広告を実施する目的は、公衆衛生目的ではなく、あくまで自社の開発する医薬品の販売です。病気を啓発するCMには、くれぐれもご注意を。