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 ディオバン(一般名:バルサルタン)は、スイスのノバルティスファーマ社(以下ノ社)が開発した降圧剤であり、医師が処方する薬の中ではトップクラスの成功を収めた。売り上げを伸ばした理由の一つは、市販後に行われた複数の臨床試験で、この薬が他の降圧剤に比べて脳卒中・狭心症・心不全等の発生を予防することが証明されたという宣伝であった。

 ところが、つい最近になってこれらの臨床試験データに疑問があるという指摘があり、論文が取り下げられた。データ解析は、ノ社の社員(当時)が統計解析責任者をつとめ、研究代表者であった教授の研究室にはノ社から1億円を超える奨学寄付金が提供されていたことも判明し、何らかの人為操作がデータに加えられたことが明らかになった。

 今回の事件では、メーカーに都合の良い試験結果にデータが作り替えられていたのだから非難されて当然なのだが、仮にディオバンの有効性・安全性が他の降圧剤より明らかに優れていたとしたらどうだろう。それを証明するエビデンスがこの臨床試験で得られたのなら、患者にとっても大朗報であり、歓迎されたはずである。

 しかし、薬が一旦承認されてしまうと、既存薬同士の優劣を比較する臨床試験はまず行われない。また、既存薬の有効性・安全性が怪しく、わざわざ薬を飲むよりは、運動・食事療法など生活改善の指導をしたほうがましではないかというケースもある。そんなときに既存薬同士を較べたり、治療群と非治療群を比較する試みもあってよいのだが、このような臨床試験はなかなか行われない。わざわざ自社製品の存在意義を否定するかもしれないテストに金を出す企業があるとは思えないし、仮に資金を提供する会社が現れても、今回のような不祥事が繰り返されるだけだろう。だから企業の紐付きでない、医師主導型の臨床試験が必要なのだが、その実現が難しい。公的資金(国の出費)でそのような臨床試験を行うべきだが、いまの財政難ではそんな予算を獲得することは難しい。

 製薬企業に、宣伝・販売促進に費やした金額の5%を強制的に拠出させ、この基金をもとに中立的な立場で必要な臨床試験を行うというイタリア方式を、この国でも試みても良いのではないだろうか。試験計画は全国から公募し、必要性やその科学的根拠を審議する厳正な審査を行うという条件もつけることが必要である。

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※薬害オンブズパースン会議は、2013年9月11日、「ディオバン事件に関する意見書」を公表しました。

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