No.29 (2008-05-01)
お年寄りが入院すると一時的な異常言動、いわゆる「せん妄」がよく生じます。ICU症候群と呼ばれたり、「認知症」とも間違われます。原因の薬剤が続けられて死亡した例、逆に薬剤師さんが主治医に進言して薬をすべて中止したところすっかりよくなったという例もあります。離れて暮らしていた私の父が入院した翌日にせん妄状態になりました。原因はガスターでした。苦労して当直医を説得して中止。ICUにいる間に治まり事なきを得ました。
米国の1998年に公表された調査によれば、全米で年間200万人に重大な害反応が生じ、10万人が死亡すると推定されています。人口換算して日本ではそれぞれ100万人と5万人、死因の5位に相当する数です。確実性の低い例や不適切な使用は除外された結果ですが、別の調査では、薬剤による死亡例の半数は防止できたといいます。
また、疫学的調査でしか判定ができない長期使用による合併症の増加や発がんの害なども除かれています。私の試算では、コレステロール低下剤を使用している人の少なくとも10人中9人は不要で、年間1万人が余分に死亡していると推定できます。高血圧を2004年の新しい高血圧治療ガイドラインの基準で治療すると、心筋梗塞になる人が8000人減っても、死亡する人が4万人以上増える可能性があります。長期の害を入れると、薬剤による害ははかりしれないのです。
科学的に適切な研究のみが論文になり、その情報が開示されバランスのよい情報のみが普及すれば、少なくとも事件となるような薬害は起きないはずです。しかし現実には、多くの薬害事件が起きてきましたし、現在も続いています。
1961年に判明した薬害サリドマイド事件を契機に、世界各国で、医薬品の承認や薬害防止のための厳しい規制が行なわれるようになり、学問の分野でも科学的根拠を重視する動きが進みました。しかし、1990年以降、真に医療の進歩といえる薬剤の開発が困難になってくるとともに、最近では、世界的な規模で規制緩和が進行しています。医薬品の審査や、薬害を検知し防止する仕組みは、見かけは改善されているようで、肝心なところで、無効・有害なものが生き残るように工夫されてきています。情報公開は時代の流れですが、1967年に日本にできた世界に誇る公表規定が廃止され、医薬品の分野では公開が逆行している傾向がみられます。よほど注意深く監視しない限り、巧妙に隠された「無効」あるいは「危険性」を示す情報を見抜くことが難しくなってきています。
日本や米国、欧州の主要国では、国の規制当局の運営資金は、企業からの資金にほぼ100%依存し、医・薬学系大学の研究、医・薬学系の学会の運営、雑誌の運営も製薬企業の資金なしには成り立たなくなっています。マスメディアも製薬企業の広告なしには成り立ちません。企業は薬剤使用に批判的でない患者グループを育成するために、資金を提供し、批判的になれば資金提供を中止します。いまや、あらゆる情報源が製薬企業の資金で偏りができているといえるでしょう。
製薬企業に資金を依存した行政当局、医学者による証拠づくり、病気作り、情報隠しを正当化するガイドラインや法規制整備の動きは、今後もますます組織的かつ計画的になるでしょう。
この動きを変えさせるには、そのデータ操作を見抜き、健康と病気をきちんと区別し、企業と国に情報公開を迫り、市民と医薬専門家(医師・薬剤師)との強い協力関係がこれまで以上に必要だと痛感します。