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1 薬事法に基づく医薬品等の製造販売承認の前後で、断絶が存在する。薬事法上の承認を得るための治験は、目的が絞られ、比較的少数で均質の患者やボランティアが被験者で、長くない期間に、適応が限られ、集団が限られ、併用療法に制限があり、専門医の監視下で行われるから、通常の診療における医薬品使用と異なる。治験や医学研究データの情報には秘密が保持される部分が多く、情報活用が通常の診療現場で実現するのは難しい。
この断絶の架け橋となる薬剤疫学研究は、幾つかの社会システム設計の提案をすれば、医療消費者に対する応援ができる。

2 薬剤疫学は、①人間の集団における薬の使用とその効果や影響を研究する学問。②市販前と市販後で研究は連続して行われるものの、市販後の研究が中心であり、また、無作為化臨床試験のような介入研究は補完的で、観察研究が中心。 ③行為規範としてCIOMSの疫学研究倫理指針など。
薬剤疫学から学んだことは、②に関して、薬事法に基づく承認前の臨床試験では、通常、研究対象者とならない、子ども、高齢者、妊婦などについては、市販後の研究を待つ他ないこと。また、承認前の臨床試験では、標本サイズが比較的小さく、かつ、対象者が均質的であるため1000件に1件以下の頻度で発生するような有害作用を正確に見つけ出すことは出来ないこと。タイプAの副作用とは異なる、タイプBの副作用は、有害事象の研究で補われること。③に関して、出版バイアスは重大な限界であること。また、DTC広告は法律で禁止されているものの、治験の被験者募集広告、疾病啓発広告などがこれを揺るがしていることなど。
薬剤疫学から学びたいことは、③に関して、科学的非行について。研究スポンサーによる研究結果公表の制限に関する特約について。病気の押し売りの前提となる疫学研究について。

3 法の世界は、規範のピラミッドがあり、その基本的価値は人間の尊厳とこれに由来する人権である。基本的人権としては、研究者の研究の自由と、研究対象者の生命・安全に対する権利、自己決定権が対立している。二分法が常用されるが、承認前と後の断絶から、被験者の権利、患者の権利を擁護するシステムが必要である。医療の内容について事後的な裁判規範が原則で事前の行為規範は例外。被害が生じてから製造物責任や医療過誤に基づく損害賠償請求訴訟が中心。しかし、被害の中には、不可逆的で重篤な場合があり、金銭でまかなえないケースも少なくない。被害が生じないように、事前に、研究行為を行為規範化するシステムが必要である。

4 薬害の影には、薬害の被害者であることの隠された例が数多くある。薬害被害者には階層構造があり、被験者にとって被害者と認識することは難しい。
医療消費者は、医学研究の被験者となることもあり、通常診療の患者となることもある。被験者となるということは、有効性・安全性の確立していない医薬品等の候補物質を体内に介入させ仮説を検証するための実験台になることを意味する。

5 倫理とは、私あるいは我々にとって善なるものは何かという1人称のパースペクティヴから考慮され、道徳は、万人にとって等しく善なるものは何かというパースペクティヴから考慮され普遍的妥当性を要求する(ハーバーマス)。
人についての医科学研究分野における医師・研究者の、研究への意欲や好奇心と研究の目標となる患者集団の要望に忠実なあまり、生命倫理と道徳の乖離・対立は著しい。

6 日本では、法律を作るというと躊躇する傾向がある。価値多元社会であるから、社会的合意の形成は本質的に重要であり、法律は、社会的合意の形成を仕上げることになる。
行為規範をすべて法で定めることは不可能だが、土台ないし骨格にあたる部分は法律で定めることを提案してきた。行為規範のうち、専門職業上の高度の部分は倫理規範で対応するべきであろう。

7 薬剤疫学が進歩すれば薬害被害者は減るだろう。薬剤疫学は法および道徳の世界に積極的に働きかけるのが望ましい。医療スタッフの教育に薬剤疫学を加えること、研究対象者保護法を創設すること、研究スポンサーと医療機関の契約における疫学研究結果の公表についての働きかけなどが望まれる。
(第13回日本薬剤疫学会学術総会シンポジウム講演要旨)

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