No.26 (2007-04-01)
1 全部不開示を認める判決
抗がん剤イレッサの承認申請資料である臨床試験報告書等の情報公開請求について、薬害オンブズパースン会議、医薬品・治療研究会、及び医薬ビジランスセンターが原告となって、臨床試験報告書を全部不開示とした厚生労働大臣の決定等の取消を求めた訴訟で、1月26日、東京地方裁判所は、臨床試験報告書の全部不開示を認める判決を下しました。
2 企業の利益を害するおそれについて
情報公開法は、行政文書の開示を原則とし、法定の不開示事由に該当しない限り文書を開示しなければならないとしているため、まず、文書の不開示事由該当性が問題となります。本件では、文書を公にすることにより、イレッサを製造販売するアストラゼネカ社の正当な利益を害するおそれがあるかどうか(法5条2号イ)が問題となります。
この点について、被告厚労大臣は、臨床試験報告書を開示すると、他の製薬会社が情報公開制度で入手した臨床試験報告書を、イレッサと同一性を有する後発医薬品(いわゆるジェネリック)を承認申請する際の添付資料として流用することができ、再審査期間中に後発医薬品が承認されてしまう可能性がある、と主張しました。しかし、承認の許否の権限を有するのはまさに厚労大臣であり、万が一そのような後発医薬品の承認申請がなされた場合は、承認を拒否すべきが当然であると考えられます。したがって、現実には、再審査期間中に後発医薬品が承認されるという事態は想定しがたいと言えますが、東京地裁は、添付資料の流用は禁止されているわけではないから可能性はある、というきわめて形式的な論理で、被告厚労大臣の主張を認めてしまいました。
3 開示の必要性について
一方情報公開法は、不開示事由に該当する場合でも、人の生命、健康等を保護するために公にすることが必要であると認められる情報は、開示しなければならないものとしています(法5条2号但書)。そこで、原告側は、イレッサ承認後に多数の副作用被害が発生したのは、臨床試験の評価に誤りがあった可能性があり、臨床試験の結果を再検証することが、イレッサの正しい安全性評価や今後の承認審査の適正化のために必要である、と主張していました。
ところが、東京地裁は、開示の必要性については、「その開示により人の生命、健康等の保護に資することが相当程度具体的に見込まれる場合であって、法人等に不利益を強いることもやむを得ないと評価するに足りるような事情」が必要というきわめて厳しい基準をたてた上、「臨床試験報告書が開示されたからといって、副作用の発現状況に関する治験担当医師の判断の妥当性を検証できる可能性は小さなものにとどまる」、「緊急安全性情報や添付文書の改訂により、イレッサの副作用発生の危険性については、患者に対しても相応の情報提供がされているものと見ることができるのであって、臨床試験において本来副作用と判定すべき事例がそう判定されていなかったという誤りが幾つか判明したとしても、そのことによってイレッサの安全性の評価に大きな影響が生じたり、患者の自己決定の前提が左右されたりすることになるとまでは考えにくい」などと述べて、開示の必要性を否定しました。
4 原告側の対応
判決は、企業の利益を害するおそれについては空想的ともいえる論理でこれを認める一方、開示の必要性については、文書の内容を知ることのできない原告側には立証が不可能に近いほどの高いハードルを課したもので、情報公開法の理念に反するきわめて不当なものです。原告側は当然控訴し、現在控訴審の準備を進めています。