No.26 (2007-04-01)
1 2006年12月3日、「薬害エイズ裁判和解10周年記念企画ーくりかえされる薬害の原因は何かー」が、東京HIV訴訟弁護団、薬害オンブズパースン会議、医薬品・治療研究会、NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック)の共催により、東京千代田区九段のベルサール九段で開催されました。参加者約250名と盛況でした。
2 当日の企画は、3部構成からなり、第1部は、デヴッド・ヒーリー教授の記念講演です。ヒーリー教授は、多数の論文・著作を有する英国の著名な精神薬理学者で、50代にして現代精神医学史研究の第一人者です。抗うつ剤SSRIの臨床試験データ等を分析して、同剤が自殺衝動を強めると指摘し、自殺した患者の遺族が製薬会社を訴えた訴訟の原告側証人となっています。2000年秋、トロント大学の教授就任講演で、不都合なデータが公表されず、学術論文の多くが製薬企業によってゴースト・ライティングされている現実を痛烈に批判して、同大学から教授就任を断られ、大学・学会と製薬企業との関係をめぐる社会的な論争を巻き起こした“時の人”でもあります。
教授は、自らの著作「抗うつ薬の時代」日本語版への序文で「科学的根拠に基づいた医療というが、臨床試験を行うか否かの決定や市場でどの適応を目指すか、どの雑誌に結果を載せるか、誰をオピニオンリーダーにするかといったことが、みな製薬企業の営業部で決定されていることを我々は認識していない」と指摘していましたが、当日の講演のタイトルも、「科学の外観をまとったグローバル・ビジネス」-The Human Laboratory-でした。
ヒーリー教授は、製薬企業が、医師や学会をとりこみ、薬を売るために、病気を売り(メディカリゼーション)、人々の生き方までも変えようとしている現実を、写真をふんだんに使った100枚以上に及ぶスライドを駆使し、圧倒的迫力をもって私たちに示してくれました。前面の大スクリーンに英語と日本語のパワーポイントで映し出されたスライドの数々、そして誠実で情熱を秘めた人柄を表した講演に、参加者の多くが引き込まれ、時が経つのを忘れました。質疑応答の時間も大変活発で、ヒーリー教授が、ひとつひとつ丁寧に質問に答える姿が印象的でした。
3 第2部は、特別報告「薬害肝炎の加害構造」ー大阪地裁判決(6月21日)と福岡地裁判決(8月30日)をもとにーです。九州薬害肝炎弁護団の石田光史弁護士が、パワーポイントを用いて大変わかりやすく、国と企業の責任を認めた大阪地裁判決、福岡地裁判決が指摘した薬害加害構造について報告し、東京地裁判決のどこに注目すべきかを解説しました。
4 第3部は、シンポジウム「薬害エイズ事件の教訓と薬害根絶」。
薬害エイズ事件とは何だったのか?薬害エイズの和解成立から10年を経て、何が変わり、何が変わっていないのか。薬害根絶のための進歩は本当にあったのか。
この問いかけに、薬害エイズ弁護団から鈴木利廣弁護士を座長に4人の弁護士が報告しました。清水洋二弁護士はスモン訴訟の経験も踏まえて「官・業・医の相互癒着」について、刑事事件を担当してきた大井暁弁護士は「特定の権威者の意向による政策決定」の問題点を指摘しました。また、自らも血友病患者である仁科豊弁護士は「患者の人権と自立を問い直す」問題提起をし、水口真寿美は10年間の薬害オンブズパースン会議での活動を踏まえ、「わずかな制度改革を圧倒する危険な潮流」について報告しました。
報告の後は、会場との意見交換となりましたが、会場中央に設けられた会場発言者用の2本のスタンドマイクには、発言の順番待ちの列ができるほど。そして、ついにデーヴィッド・ヒーリー教授までもが列に並んで発言の順番を待つという状態になり、熱のこもった意見交換が行われました。
5 この10年、制度的な前進は確かにありました。しかし、実質という点でみてみると、薬をとりまく環境は製薬企業の圧倒的な経済力と戦略によって、あるべき姿からより遠くなったのではないかというのが、参加者の多くが指摘していたところです。薬害防止のために次に我々は何をすべきか。それを考えるうえで大変貴重な1日となりました。