新型コロナウイルス(Covid-19)大流行のなかでの医薬品評価 〜ランダム化比較臨床試験 (RCT)での科学的評価でこそ市民を守られる〜
2020-06-28
(キーワード)新型コロナウイルス、Covid-19、パンデミック、RCT、医薬品評価、緊急使用許可、EUA
ハーバード大学医学部の Benjamin N Rome, Jerry Avorn両氏によるNEJM誌2020年6月11日号 Perspective(展望)欄掲載の論説である(※1)。これまでの歴史的事実を踏まえて、緊急時のなかでも、適切で良好にコントロールされた臨床試験に基づく安全性と有効性の「実質的な証拠(substantial evidence)」を市販前に確認することが、市民を効かない害のある「薬」から守り、また米国の医薬品評価システムの信頼性を保持する唯一の道であることを、説得力を持って明快に記している。
以下に概要を紹介する。
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Covid-19の治療法の探求は、国家の医薬品開発能力をテストすることになるが、これまでの米国の対応のいくつかは、公衆衛生危機の際に薬物評価プロセスがどのように失敗するかを明確にしている。非常に限られた証拠により、抗マラリア薬のクロロキンがSARS-CoV-2に対して活性を示す可能性が生じたとき、トランプ大統領はすぐに「画期的な薬だ」と述べ、広範な使用を約束し、FDAは緊急使用許可(EUA)を3月28日に発行した 。
FDAは、かつて2009年から2010年のH1N1インフルエンザの発生中、3つの医薬品についてEUAを発行した。中でもペラミビルについては1200〜1500人に投与されたが、その後行われたランダム化対照試験では、重症の患者に有効性を証明できなかった。
十分に検証評価されていない実験療法へのアクセスを拡大すると、いくつかの意図しない結果が生じる可能性がある。第1に、患者への利益は不明であり、ごくわずかである可能性がある(ペラミビルの場合のように)。 第2に、ヒドロキシクロロキンなどの薬物療法には、十分に立証されたリスクがある。 第3に、EUAの下で証明されていない薬物を配布すると、これらの薬物が本当に安全で効果的であるかどうかを迅速に判断する妨げになる。最後に、すでに承認販売されている薬剤の場合、本来の適応症の患者に対する供給不足が生じる可能性がある。
Covid-19の治療に真に有効なレジメンを示すデータが現れた場合、FDAはそれらのデータを確認し、数日または数週間以内に承認決定を行うことができる。 審査部門は、メーカーが管理要件をナビゲートするのを支援し審査プロセスを促進するためのコロナウイルス治療加速プログラムをすでに確立している。
Covid-19で使用するために少なくとも25種類の薬物が調査中で、10種類については活発な臨床試験が行われている。適切な臨床試験により、Covid-19の治療におけるいくつかの候補薬の有用性がすぐに確認または否定される。 しかし、その証拠の提供に至るまでの数週間は、薬物を評価するための私たちのアプローチに対する脅威についての多くのことを明らかにしている。 不適切な治験デザイン、行き過ぎた公の宣言、証明されていない治療法の広範囲にわたる使用などの問題はこの世界的流行以降も引き続き現れる。
ランダム化比較試験における医薬品の安全性と有効性の厳格な市販前評価は、効果のない薬物、安全でない薬物から一般大衆を保護するための私たちの主要なツールである。 治療の迅速な展開と適切な科学的精査のどちらかを選択しなければならないとするのは、誤った二分法である。手抜きをすることなく、臨床試験の証拠と薬物評価に対する私たちの定評のあるアプローチに忠実であり続けることが最善である。 パンデミックは必然的にかなりの死亡率、罹患率とそれによる損失を残すだろう。しかし、国の薬物評価プロセスへの損害とそれを社会的に容認してしまうことをその遺産の一部にしてはならない。
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著者たちは、市販前のランダム化比較試験による厳格な有効性安全性評価が、効果のない薬物、安全でない薬物から一般大衆を保護する最も重要なツール (手段)であると強調している。新型コロナウイルス感染症という未曽有の公衆衛生危機のもとでもこれは同じで、アクセスのスピードと科学的評価の2つから1つを選ぶという性格のものでは決してない。
現時点で新型コロナウイルス感染症に対する有効性安全性が確立された医薬品はまだ存在しない。2020年5月7日、日本は新型コロナウイルス感染症に対し、抗ウイルス剤レムデシビルを世界で初めて正式承認した。薬機法(第14条の3)に規定のある緊急時の「特例承認」を適用したもので、米国でレムデシビルが「緊急使用認可」(EUA)されたのを受けたものである。日本国内ではしばしばレムデシビルが米国で正式承認されたかのように受け取られているが、米国の「緊急使用認可」は正式承認とは全く異なり、名前通り緊急事態での使用を認める制度である。レムデシビルの未承認薬という地位は変わっていないことに注意が必要である。
日本では新型コロナウイルス感染症の治療薬として、有用性が十分検証されていないアビガン(ファビピラビル)に対する過剰な期待が報じられている。本来の臨床試験(介入研究)でなく「観察研究」とされた中で、臨床現場での使用が拡大している。この状況は、日本の新型コロナウイルス感染症治療法の探求を混乱させるとともに、今後の医薬品承認プロセスに悪影響を与えることになる。真に患者の利益を追求するのであれば、臨床研究の国際的なルールに基づく、アビガンのきちんとした臨床試験を計画し、有効性と安全性を明確にすべきである。なお、アビガンについては当会議において意見書(※2 )を公表しているので、あわせて参照いただきたい。
新型コロナウイルス感染症は深刻な公衆衛生危機であり、有効安全な治療薬が切望されている。新薬と既存薬の新適応の両面で世界的に開発が活発化しており、WHOの臨床試験登録レジストリ(ICTRP)で検索すると1000件近い治療関連の臨床試験が行われている。しかし対照群のあるランダム化比較臨床試験は非常に少ない。無駄をなくすためにも、著者たちが強調している厳格なランダム化比較臨床試験による有効性安全性の確認が治療剤開発のキーポイントになるであろう。 (G.M)