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タミフルのインフルエンザ合併症予防効果は証明されていない−コクランレビューとその背景

2009-12-16

(キーワード:タミフル、ノイラミニダーゼ阻害剤、コクラン共同計画、システマティック.レビュー)

 コクラン共同計画(訳註1)は、2009年12月8日号の英国医学雑誌(BMJ)に、タミフルについてのシステマティック・レビュー(訳註2)の結果を報告し、「タミフルがインフルエンザの合併症の予防に有効であることは示されていない」とした(※1)。
コクラン共同計画(以下コクラン)は、今春に新型インフルエンザが確認されたことを契機に、英国NHS(国民保健サービス)からタミフルに関する評価の改訂をするよう要請をうけ、8月に急性呼吸器感染グループがレビューチームを発足させ、評価の改訂となった。
 今回紹介するのは、コクランによるタミフルのシステマティック・レビューと同じ号に掲載された「ノイラミニダーゼ阻害剤−コクランレビューの背景」と題する論文(※2)であり、タミフルの評価についてこのような結論を出すに至った経過が述べられている。
この論文によれば、日本の小児科医の林敬次氏が、2006年に発表された前回のタミフルに関するコクランレビューについて異議申し立てのコメントを送ったことから、レビューチームが予定とは別の調査行動をとったことがわかる。林氏が批判した2006年のコクランレビューでは、合併症に有効との評価がされていたのである。
なぜ今回それが覆されたのか。
今回のレビューチームの一員である著者は、抄録程度の企業スポンサーの論文が、ほぼ世界的に信用され引用されている状況を詳細に述べている。レビューの改訂に当ってタミフルのメーカーであるロシュに対してこの論文のもとになったデータの提供を求めたが、企業からは合併症への有効性を評価できるデータは出されなかったのである。
以下に要約する。
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 コクランのレビューチームは、タミフルが肺炎のような重篤なインフルエンザの合併症を低下させるというデータを得ることが出来なかった。世界的な公衆衛生薬となっているタミフルの有効性のエビデンスは未完成で、一致がみられず、矛盾したものだったのである。我々はもはや、タミフルが、治療上も、また公衆衛生上も、安価なアスピリンのような薬剤以上に有益性をもたらすとは確信していない。 

 なぜレビュー改訂で評価が覆ったのか。
 レビューチームが作られた2日後に日本の小児科医、林敬次氏からコメントが送られてきたが、それは2006年にコクランのJeffersonらが行ったシステマティック・レビューを批判したものであった。林敬次氏は、2006年のシステマティック・レビューにおいてタミフルが重篤な合併症を減らすという結論を導く根拠となった「Kaiser Study」 について、評価の中心になっているのは未発表の臨床試験であると指摘していた。「Kaiser Study」は1990年代後半に企業の資金で行われた10の臨床試験のメタアナリシス(訳註2)であったが、うち2コはピアレビュー(訳註3)のある雑誌に公表されていたものの、残り8コは未発表あるいは要約のみの公表であった。そこで、我々はデータの証明をしようとした。
 インフルエンザに伴う合併症に対するタミフルの有効性について、ヨーロッパのEMEA(欧州医薬品審査庁)、米国のCDC(疾病予防管理センター)とHHS(保健福祉省)、及びオーストラリア当局などでは「Kaiser Study」に近い評価を公式発表に用いているが、米国FDA(食品医薬品庁)やカナダ当局は、合併症を防ぐことは示されていないとしており、評価は一致していない。合併症に対する評価の不一致を解明する唯一の方法は、適正に行われた試験の生データを得ることである。
 林敬次氏の指摘を受けたリーダーのJeffersonは、初め「Kaiser Study」の著者にあたったが得られず、タミフルの製造元であるロシュにデータの提供を求めた。しかし、データの代わりに送られて来たのは、秘密保持の同意書へのサインの要求であった。サインを拒否したJeffersonに送られて来たのは、データはすでに独立のインフルエンザ専門家グループにメタアナリシスのために提供しており、そのレビューはコクランと対立するかもしれない、というロシュの言い分だった。結局、4か月後に送られて来たのは、臨床試験の企業報告の抄録であったが、合併症への有効性を証明するには不十分であり、ここで我々は、「Kaiser Study」を分析からはずした。

 2006年のコクランのレビューワー(分析評価担当者)は、未発表のデータでも証明しうるものである、と盲信的に信用して“合併症を減らす”という結論を保証してしまったが、この信用は今になってみるとナイーブに見える。未発表データに信頼をおいたタミフルのシステマチックレビューが他にも多くの研究者によって行われているのは問題である。

 1999年にタミフルが承認されて以来、公衆衛生当局は公表された論文を文字どおりに信用し、CDC(疾病予防管理センター)の推奨では「Kaiser Study」を引用して、タミフルが入院や肺炎のリスクを減らすと言っている。これに基づいて米国では、国をあげてのパンデミック準備戦略がつくられて、数百億ドル(数兆円)が備蓄に使われ、タミフルは公衆衛生薬にのし上がった。もし、政府が公衆衛生当局に、これらの数百億ドルの薬の購入、備蓄、使用の采配をまかせているならば、当局は企業に対して、主要な研究データへのアクセスや、薬の有効性と安全性を独立に評価できるデータを要求べきである。

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 コクランのレビューチームが直面した困難な問題は、図らずもタミフルの実像を明らかにし始めた。著者が述べているようにタミフルはいまや公衆衛生薬である。ワクチンも同じであるが、国の公衆衛生の政策として使用される薬についての、調査、解析の体制の確立が必要であろう。タミフルのコクランレビューは英国のCH4テレビで放映され(※3)、AP通信が世界に発信し大きな反響を呼んでいる。(ST)

訳注1)コクラン共同計画:エビデンスに基づいた医療の確立をめざす国際共同プロジェクト。世界の臨床試験のシステマティック・レビューを行い、結果をデータベース化したCD-ROMは「コクランライブラリー」と呼ばれ定期的に改訂される。英国でスタートした。

訳注2)システマティック・レビュー:同じ目的の複数の研究結果を合わせて綜合評価を加える統計学的方法を「メタアナリシス」というが、より真実に近いデータを求めるには、関連の有る研究を総当たり調査した上で、質のよい研究のみを抽出してメタアナリシスを行う。この方法をシステマティック・レビューという。

訳注3)ピアレビュー:医学雑誌などの論文が掲載される前に、同じ分野の研究者によって行われる査読または審査。